大野真澄 連載

44件中   36 - 40 件表示 ( 全 9ページ )
  1  2  3  4  5  6  7  8  9   

第9回“「踊ること」”

2002.6

 先日、帰省した時(勿論、岡崎)、ライブカフェG-ラッシュで、生演奏と共に、踊っている人達(僕は踊らない)を見て(別に観察をしていた訳ではないが)、ふと頭をよぎったコト。

 アップテンポのものはほとんどが、50~60'Sのオールディーズ・ナンバーなんで、時代的にいえば、当然ツイストかもしくはジルバ、マンボないしは、モンキーダンスとかゴーゴーといったところか? 若い人たちにはなじみのない踊りだよね(ゴーゴーってのは70年代の初めだったかな?)。でも、若い人も踊ってたなァー。

 しかし、見ていると(あくまでも、僕は踊らない。いや踊れないといった方が正しいかも)ここにあげたダンスが全て混じってしまっているワケ。まぁーツイストが多かったけど、皆とても楽しそうで全然、形になんかこだわってないヨね。いやいや、ホント楽しそうでいいんだけど、ふと何で踊るんだろう? 何が楽しくて踊るんだろう? 何が踊らせるんだろう? なーんてことが頭をよぎってしまった。

 物心ついた頃、最初に接した踊りといえば盆踊りだったかな? 皆お揃いの浴衣を着て(多分お揃いではない。お祭りのはっぴと間違えてるのかも)同じ振りで、中央にある急ごしらえのやぐらの廻りを(あそこには必ず町内会の総代さんとかお偉えさんとか派手な格好をした歌手とか太鼓とかが乗っかっていた)廻る訳だけど、どうにも僕にはあの輪に入る勇気はなかった。それは、浴衣を着ていないからだと自分に言い聞かせていた。

 で、いつ初めて踊ったのかといえば、皆がトキメイタあのダンス、曲は勿論“オクラホマ・ミキサー”!! そう、フォークダンスだった!! 好きな女の子の番が回ってくるのを心待ちにして踊ったもんだけど、女の子の手に触れるドキドキ感のみが先に立って、それが嬉しいだけで、どうにもあの振りは、好きになれなかったし、楽しかったって記憶もないなー。大体あの挨拶するみたいな振りが恥ずかしかったんだよなー。そーだその時から、踊ることについて考えていたのかも知れない!! 40年近くも、ずーっと!! そしてついにそれについての疑問をここに初めて解明しようとしているのだ。

 で、まぁー、バレエとかミュージカルとか踊りそのものを“見せるために”、というものを除けば、ほとんどの踊りは集団でやっているような気がするけど… どうだろう?

 70年代はブラックミュージックに合わせて皆が同じ振りを付けてたけど、いつの頃からか、あのお立ち台ギャルの時代は決まった振りなど、なかったみたいだし、いや、最近はパラパラが集団同じ振りだよね。最も新しいといえば“トランス”といったところか。しかしあれは個人の陶酔状態が集団化してるって感じがするけど。多分、自分の部屋で一人だけでトランスしてる人はいないと思うなー(いや、ヘッドフォンして一人で“イッちゃってる”奴って意外と多いかもなぁー! 考えてみると僕も、ヘッドフォンの大音量状態では“ヤバク”なってるかも)。と、ここまで書いてきて、なんだか言いたいことが、あやふやになってきたようだが。

 まぁどちらにしても精神の解放(ちょっと大袈裟か?)とでも言うか、自然体で自由な気持ち(気分)になるという事ではあるまいか? それが踊るということか。解明は多分次号へと続いてゆくのであります。が、このままでいくと結論はかなり“ゆるい結果”ということになるかも…。揺れてる、揺れてる!

(了)

2007-11-20 17:10:39投稿者 : 大野真澄
この記事のURL コメント(0) nice!

第8回“「出会うこと」”

2002.5

 普段、都内を移動する手段としては大抵の場合電車(地下鉄、私鉄、JR etc)を利用している訳である。勿論深夜とか、楽器とか衣装とか、荷物が多くなった場合は、タクシーを使うということになってしまうが、バスを利用することはほとんどないといっていい。何故ならご察しの通り、渋滞の多い昨今(昔からか!)時間が読めないからなんだけど、ふとゆったりバスで…と思わないこともないんだけどね。

 こうしてほとんど毎日、電車を利用してるわけなんだけど電車の中にはいろんな風景があるんだけど、(この人間観察的なことは又改めて書くとして)ふと不思議な事に気付いたんだよね。僕の場合、仕事柄定時に通勤とかどこかに行くという事がないせいもあるんだけど、東京に来て30年あまり、これだけ長く住んでるのに電車に乗った時、いわゆる知り合い(友人とか飲み屋で会った顔見知り等)という人達と出会う事って、凄く少ないよね。僕もかなり行動範囲が広くて都内のあらゆる場所に出没するし、勿論自分の事務所に行く時は同じオフィスの人だったり近所の会社の人だったりの知人がいるのにもかかわらず、同じ電車に乗り合わすことはほとんどないよね。

 しかし、別に会いたい訳でもないし、もっといえば本当はそんなところで会いたくないってのが本音。マッしかし、いろんな人間関係があるわけで、仕事柄全く知らない人から声をかけられることがあるんだけど困るんだなぁーこれがっ、それも相手次第なんだけど。先日も山手線の中で、僕のバッグを後から引っぱる人がいるんで、ふり返えると(30代前半のサラリーマン風の男が)、“このバッグどこで買ったんですか? ○○とかいうメーカーの物ですよね。海外で買われたんですか? おいくらくらいですか?”もう、こっちが“はぁー? あんた何? 誰?”って思って何か喋ろうとしても矢つぎばやな質問を浴びせてくるんだよね。で、“実はこれはもらいものなんでちょっとわからないんだよね。”って答えたら、その目は胸にある携帯を見て、“プレゼントしてくれた人に電話して聞いてくれてもいいんじゃないの?”ってな目をしてんだよなぁー! つくづく困ったもんだ、丁重にお断りしたんだけど、かなり不満そうな顔してたよねー。

 まだあった! 携帯のストラップを見て“どこで買ったんですか?”って聞いたオバサンがいたなー(昨年の小泉ブームの時に貰った小泉首相のもの)。しかし、それよりも偶然知人と会ったりしても、いやな奴と会った時の対応が苦しいんだよね。話したくもない奴なのに、ドアが開いた瞬間にいたりして目が合っちゃったりしたらもう地獄なんだよね。“ありゃー”ってなもんだ。無視する訳にもいかないし、まして相手が“コンニチワごぶさたしてます”なんてニコニコしながら“どちらまで?”なんて聞かれてつい“どこそこまで”っていったら、“あっ僕も同じです”なーんてね。まだ七つも先だっちゅうのに。“隣の駅です”って言っときゃ良かったって思ってもあとの祭り。とか、逆に以前どこかで会っているんだけど思い出せなくて、知らん顔したらまずいかなと思い、こちらから“ドーも!”なんて言ったのに無視されちゃったりとかね。だから会いたくないのは、電車の中では知り合いと!!

 しかし、そんな中でもたまにハッとするような“女(ひと)”と出会う(只、見ているだけなんだけど)、こともあるよね。そういう時の幸せな気分というか、勝手に胸をドキドキさせている自分は一体、何者なんでしょう? しかし電車の中、雑踏の中ってのはこれだけ多くの人がいるのに、すごく孤独な感じがするのと、又逆に、妙な解放感を味わうことが出来るんだよね。不思議だなぁ。

(了)

2007-11-20 17:09:36投稿者 : 大野真澄
この記事のURL コメント(0) nice!

第7回“「知りたいこと」”

2002.4

 携帯電話でのメールをやり出してから、そろそろ2年くらいになります。当初「メール?」「何じゃそりゃ~?」電話で直接話せば済むことなのに「何故わざわざ文字を打ち込んだりして面倒なことをやるんだ?」。丁度、始める半年程前、深夜に桑名正博くんから久々に電話があって、「しばらくだね~! 元気? よかったら今から一緒に飲まない?」との誘い。で、もう遅いからと、丁重にお断りしてたんですが、「じゃー今度メール頂戴ヨ、ヨロシク!!」えっ、あの桑名正博がメールやってんの? イメージ合わないヨなー。果して2年。これが仲々便利! 今現在まだ、やってない人に携帯のアドレスを聞いたりすると、僕がやってない時に言っていた事と同じ反応。「全然必要性を感じないし、大体面倒臭い!」いやいやそんなことは無い、仲々良いもんだよ、などとうるさい程、説明してきたんだけど、最近はもうやめました。「あっ、やってないんだ!」これで終わり。「やればー?」なんて言う方が面倒だからね。

 と、ここまで書いてきて何がどう便利か? などと書くことは止めにします。何故ならば、やっている人には「分かってるヨ、そんなこと。」やってない人には「だから何なのヨ。」ってな話しが関の山。携帯を持ってから丁度10年くらいになる。とはいうものの、前記の通り2年前からやっとメール。最近は増々色んな機能が付いてきているけど、はっきりいって全く使い切れてないし、実はメールやるだけでも、大変だったもんだからもうこれ以上は、マニュアルを読みたくない! ってのが本音。だからメールやりたくない人の気持ちも分かる。しかし、完全に使いこなせたら結構楽しめそうだよね。例えると英語が喋れたらもう少し世界観が変わるとか、車を運転(実は普通免許を持っていない! クーッ!!)出来たら、時間の使い方とか、行動範囲も変わるだろーなぁーとか、世間の見え方も変わるんだろなーとか、なんていうか「とか的」な気分というこ「とか」? 飛躍し過ぎか?

 10年ひと昔というけれど、もっともっと昔の話し、同級生T・Y君の作文「氷すべり」。

 “朝起きて、学校に行く時、田んぼで、氷の上にのってすべると、つるんとすべるので、しりもちをついてしまうので、うまくすべらなくてはならない。もし足をまちがいたら、田んぼの中に足がはいってしまいます。すべるたんびに氷がメキメキというので、おそがいような気がします。”(三河弁入ってるぅ~!!)

 40年も前の作品。子供心に、どんな事にも時と場合に応じて、慎重に当たらねばっていう心構えを持とうという気持ちが、伝わってきます。40年。最近とにかく時間の経つのが早い。幼い日々、あんなに長く感じた一年という時間が、何もかもが待ち遠しかったあの頃…。クリスマスが、お正月が、日曜日が、一週間が、そして1時限の授業さえもが、なんと長く感じたことか…。「待ち遠しい」っていうくらいで、「待つということは遠い」という意味付けをしたとすると。待つという気持ちが強ければ強い程、時間を長く感じてしまうのかも知れませんね。

 そういえば今でも、人との待合わせでなかなか来ないと、やたら時計を見たりするけど、少しも針が先に進んでない。あの感覚に似てるよね。とはいうものの、年を重ねると時間の感覚は早くなりますヨネ。このメカニズムはどこかで解明されているかも知れませんが、もし知っている人がいたら是非教えてもらいたいもんです。しかし、いくつになってもというか、年を経ると、今度は“知りたいこと”がどんどん増えるしその分、分からない事もどんどん増えていってしまうのは、どうしたもんだろうか?

(了)

2007-11-20 17:08:51投稿者 : 大野真澄
この記事のURL コメント(0) nice!

第6回“「岡崎な人のこと」のこと”

2002.2

 2002年の年明けは、京都の新風館「TRANS-GENRE」でのカウントダウンライヴのステージで迎えました。今回のメンバーは、パーカッションに斎藤ノブ、ギターに古川望、そしてケーナを阿部次昭という、今迄にない、ちょっと変わった編成でのライヴでした。

 普段、リズム楽器なしでやっているんで、今回の斎藤ノブのパーカッションは、とても新鮮でしかも心地良く、気分も良く、それでいて楽に唄えたことが演奏する楽しさを倍増させてくれました。しかし、今回はいつもとちがうメンバーでもあったんで、多少の緊張感が、気持ちも引き締めてもくれたみたいなところも良かったね。

 実は、斎藤ノブとは30何年かぶりの共演でした。その前に一緒にやったのは僕が役者として東京キッドブラザースの舞台(というかライヴスペース)に出演していて、そのバックバンドの一員としてノブはパーカッションで参加していたんだよね。確か、僕が19才、ノブが18才の時だったと思う。随分と昔のことだから、実質今回が初めての共演といったところだろうね。

 で、その後、僕がディレクターをやっている頃、レコーディングの仕事で、ちょくちょく演奏してもらっていたんで、そんなに久しぶりって感じは無かったんだけど、いざ、一緒にやるって事になった時は、嬉しいような、不安なような。でも、リハーサルをやった時には、一瞬にしてそんな不安はふっ飛んだね。当り前だけど、彼はパーカッショニストとしては、日本では「超」のつく一流ミュージシャンなんだから…心配する方が変だよね。しかし、よくあるじゃない、良く知ってる友人なんかと何かやるって、得体の知れないこそばゆさってあるでしょ、あの感じだったのかもね。

 2001年12月31日は、18時と22時の2回のステージだったんだけど、2回目の方に盛り上がりは凄かったね。お客さんも、かなり酒が回っちゃってるみたいで、カウントダウン後のアンコールの後のアンコールなんて、全く練習もしていない、ビートルズのGET BACKなんかも演ってしまう始末で、おおいに盛り上がった楽しいライヴでしたが、実はひどい風邪をひいていて鼻水が止まらずに、なんとステージにティッシュペーパーを持ち込んでしまって、あげくに鼻をかんでしまいました。演奏の途中で! 京都の皆さん申し訳ありませんでした。

 そんなこんなの年末年始でしたが、実は、その一週間前には、大阪に続いて、故郷岡崎でのディナーライヴだったんですが、この時も、ティッシュ持参のステージをしてしまいました。しかも、この時は風邪のひき始めで、すごくノドが痛くて、体もだるく、最悪の状態だったんですが、ステージに上がる前に聞こえてくる、ザワザワとした中で飛び交う三河弁の岡崎な人達一杯の客席に、がぜん気力とパワーをもらって僕もすぐに岡崎な人に同化してしまい、何かこうなると、演奏していても、どういう訳か妙に楽な気分になってしまって、楽しくて楽しくてっちゅう(という)感じで、あっちゅう間(あっという間)に2時間が過ぎとった(ていた)のが、わっか~へんかっただもんね~(わからなかったんだよね)! ほやほだ(それはそうだ)、楽しい時はえっらい(すごく)、早すぎるでね~(からね)! ほいだで(だから)、疲れも感じ~へんかった(なかった)だよ~! ってな感じで、めでたくライヴ終了!!

 しかし、あんなに具合が悪かったっていうのに、そのあとで岡崎の中学時代の友人とか、東京からわざわざ来てくれた布袋寅泰君のオフィスの社長でもある糟谷君なんかと、カラオケに行って盛り上がってしまいました。それがたたってか、その夜ホテルのティッシュを、3箱も使っても足らなくなる程、風邪が悪化してしまい、これを書いている今も、治ってない始末です。3年振りにひいた風邪ですが、“今年の風邪はひつこいから気を付けなっ!”って言う人がいつの年もいるのは何故でしょう? 何で毎年、その年にひく風邪はひつこいんでしょうか? 知っている人がいたら教えて下さい。しかし、これが「岡崎なこと」なのかどうかは、僕は知らない。そして「岡崎なこと」はまだつづく。

(了)


2007-11-20 17:06:58投稿者 : 大野真澄
この記事のURL コメント(0) nice!

第5回“岡崎なこと”

2002.2

 2002年の年明けは、京都の新風館「TRANS-GENRE」でのカウントダウンライヴのステージで迎えました。今回のメンバーは、パーカッションに斎藤ノブ、ギターに古川望、そしてケーナを阿部次昭という、今迄にない、ちょっと変わった編成でのライヴでした。

 普段、リズム楽器なしでやっているんで、今回の斎藤ノブのパーカッションは、とても新鮮でしかも心地良く、気分も良く、それでいて楽に唄えたことが演奏する楽しさを倍増させてくれました。しかし、今回はいつもとちがうメンバーでもあったんで、多少の緊張感が、気持ちも引き締めてもくれたみたいなところも良かったね。

 実は、斎藤ノブとは30何年かぶりの共演でした。その前に一緒にやったのは僕が役者として東京キッドブラザースの舞台(というかライヴスペース)に出演していて、そのバックバンドの一員としてノブはパーカッションで参加していたんだよね。確か、僕が19才、ノブが18才の時だったと思う。随分と昔のことだから、実質今回が初めての共演といったところだろうね。

 で、その後、僕がディレクターをやっている頃、レコーディングの仕事で、ちょくちょく演奏してもらっていたんで、そんなに久しぶりって感じは無かったんだけど、いざ、一緒にやるって事になった時は、嬉しいような、不安なような。でも、リハーサルをやった時には、一瞬にしてそんな不安はふっ飛んだね。当り前だけど、彼はパーカッショニストとしては、日本では「超」のつく一流ミュージシャンなんだから…心配する方が変だよね。しかし、よくあるじゃない、良く知ってる友人なんかと何かやるって、得体の知れないこそばゆさってあるでしょ、あの感じだったのかもね。

 2001年12月31日は、18時と22時の2回のステージだったんだけど、2回目の方に盛り上がりは凄かったね。お客さんも、かなり酒が回っちゃってるみたいで、カウントダウン後のアンコールの後のアンコールなんて、全く練習もしていない、ビートルズのGET BACKなんかも演ってしまう始末で、おおいに盛り上がった楽しいライヴでしたが、実はひどい風邪をひいていて鼻水が止まらずに、なんとステージにティッシュペーパーを持ち込んでしまって、あげくに鼻をかんでしまいました。演奏の途中で! 京都の皆さん申し訳ありませんでした。

 そんなこんなの年末年始でしたが、実は、その一週間前には、大阪に続いて、故郷岡崎でのディナーライヴだったんですが、この時も、ティッシュ持参のステージをしてしまいました。しかも、この時は風邪のひき始めで、すごくノドが痛くて、体もだるく、最悪の状態だったんですが、ステージに上がる前に聞こえてくる、ザワザワとした中で飛び交う三河弁の岡崎な人達一杯の客席に、がぜん気力とパワーをもらって僕もすぐに岡崎な人に同化してしまい、何かこうなると、演奏していても、どういう訳か妙に楽な気分になってしまって、楽しくて楽しくてっちゅう(という)感じで、あっちゅう間(あっという間)に2時間が過ぎとった(ていた)のが、わっか~へんかっただもんね~(わからなかったんだよね)! ほやほだ(それはそうだ)、楽しい時はえっらい(すごく)、早すぎるでね~(からね)! ほいだで(だから)、疲れも感じ~へんかった(なかった)だよ~! ってな感じで、めでたくライヴ終了!!

 しかし、あんなに具合が悪かったっていうのに、そのあとで岡崎の中学時代の友人とか、東京からわざわざ来てくれた布袋寅泰君のオフィスの社長でもある糟谷君なんかと、カラオケに行って盛り上がってしまいました。それがたたってか、その夜ホテルのティッシュを、3箱も使っても足らなくなる程、風邪が悪化してしまい、これを書いている今も、治ってない始末です。3年振りにひいた風邪ですが、“今年の風邪はひつこいから気を付けなっ!”って言う人がいつの年もいるのは何故でしょう? 何で毎年、その年にひく風邪はひつこいんでしょうか? 知っている人がいたら教えて下さい。しかし、これが「岡崎なこと」なのかどうかは、僕は知らない。そして「岡崎なこと」はまだつづく。

(了)


2007-11-20 17:05:55投稿者 : 大野真澄
この記事のURL コメント(0) nice!
44件中   36 - 40 件表示 ( 全 9ページ )
  1  2  3  4  5  6  7  8  9