大野真澄 連載

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第14回“もう2~3曲、足りないこと”

2002.11

 先日、新潟の巻町で、アコースティック・ジェネレーション2002と題して、杉田二郎、伊勢正三の両氏とのジョイント・コンサートを行ないました。とはいっても各々がソロでやるわけではなく、互いの持ち歌も含め一緒に演奏し歌い、コーラスをしたりというものでした。リハーサルの時間が少なかったにもかかわらず、かえって、そのおかげで緊張感のある楽しいステージが出来ました。

 2人とは30年来の知り合いであり、同じステージにも何度か上がったことはあるが、一緒に演奏をしたのは初めてで、久しぶりにグループで、やっているっていう気分を味わえて、心地良い時間を過ごしました。

 杉田二郎さんは「シューベルツ」のメンバーから、あの“戦争を知らない子供たち”の「ジローズ」そして現在はソロで。伊勢正三さんは「かぐや姫」を経て、“22才の別れ”でおなじみの「風」を結成後、イルカの“なごり雪”などの作者でもあります。最近では、山本潤子さん(元、赤い鳥、ハイファイセット)とのユニットでも活動していました。そして僕も「GARO」をやっていたという事で、3人がそれぞれグループとしての活動をしていました。

 そして今回のコンサートですが、全16曲中8曲を全員で演奏し、それぞれのソロコーナーに加え、二郎ちゃんのコーナーでは正やんがサポートしたり、各々2人での演奏があったり、勿論それぞれの、あのヒット曲も随所に配置したり、こんな曲もやるの?ってな曲を入れたりで、すごくバラエティーに富んだコンサートになりました。

 まず一曲目は全員で定番の“あの素晴らしい愛をもう一度”から始まり、本編の13曲は、あっという間に終わり、アンコールでの3曲も無事終了。時間を見ると正味1 時間45分のステージでした。幕が下りた瞬間、誰ともなく「あと2~3曲あってもいいなっ!」とか「ソロのパートに1曲ずつ」とか「いや、いや全員であと2曲やるのもいいね」とか「もう一回、皆で相談しよう」などなど…。そして打ち上げの場になって話しは更にエスカレートして、ついにはオリジナル曲を創ろうって話しにもなってしまいました。ヘタをすると、このユニットは今後、さらなる発展を遂げる可能性が大いに期待出来るかも…。

 しかし、ちょっと待てよ、このコンサート(次のスケジュールなんてあったんだっけ?)は、今回一度きりのものだったはずなのに、スタッフも含め、誰もが次回は…、の話しに不自然さを感じなかったし、しばらくはこのユニットのライブを続けていくのが当然だって気分になってましたね。せっかく新たに創り上げたステージだし、こんなに、僕等もお客さんも楽しめて、しかも中味の濃いコンサートになったんだから、もっと多くの人々に観てもらいたいって思いましたし、今回は3人ともソロでやる時程の、気負いが無かったってのが、なおのこと良かったんじゃないかな?

 という訳ですから、これはもう観てもらわないと、体現してもらわないと解ってもらえないですよね。ですから、全国のイベンターの皆さん、そして特に岡崎の皆さん、こうなるとこの3人でのコンサートを開催するしかありません。次回は“もう2~3曲、足りないこと”なんてことはありません。どうでしょう来年早々にやるってのは?その前に、来る11月23日(土)に、豊田のホテル・キャッスルで、僕のソロライブ(ディナーショー形式)です。是非観にいらしてください!!

(了)

 ※ 記載のライブ告知は2002年のもので、既に終了しています。

2007-11-20 17:19:42投稿者 : 大野真澄
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第13回“デタラメなこと”

2002.10

 8月初旬に、週刊文春に掲載された件では色んな方々に、ご迷惑とご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。あれからほぼ一ヶ月が過ぎましたが、今回は僕なりの気持ちを書いてみようと思います。まァー、一言で言えばまさに詐欺に会ったという心境ですが…。

 まず、最初に雑誌を手にして見出しを見た瞬間に血の気がザァーッと引いていって、直後に頭に血が上り、そのせいかひどい頭痛が僕におそって来ました。言葉が出なくて、ア然としてしまいました。まさに、「なんじゃ! こりゃー!!」ってな感じです。しかもあのような記事が載った3日後には、NHKの番組で、この“学生街の喫茶店”を唄うわけです。自分にとって大切にしてきた楽曲をこんな形で簡単に片づけられてしまい、その上に、この曲を長年唄ってきた自分は、一体何をしてきたんだろうか、と悲しい気持ちにさえなってきました。

 それにしても今回の取材は、僕個人の現在の活動を紹介してくれるというもので、GAROのことを題材にするというものではなかったのです。ですから、今後の事も含め前向きな姿勢で取材に望んだという次第です。

 ということで、ああいう見出しは勿論のこと、内容がとんでもないものになっていた事に仰天したわけです。しかも事実に沿ったものであればまだしも、もう無茶苦茶です。そんな中で現在の僕と事務所の姿勢として、GAROに関しては特に2人のことですが、日高は存命ではないし、堀内は現在は没交渉の状態ですから、今はメディアに対しての発言は控えるようにしています。まぁー取材中にGAROの話しは出ましたが、見出しのような内容の話しは一切出てないし、なごやかなものでした。それなのにあんな記事がでっち上げられてしまいました。

 僕の活動状況の話しは、一体どこに行ってしまったんでしょう? 最後の最後に何かとって付けたように、つじつまの合わない事が書いてありましたが、約束した9月4日のライヴの告知すらしてくれませんでした。しかも現在の僕をということで、ステージ用で使っている帽子と眼鏡にわざわざ代えて写真を撮ったのに、掲載されたものは、インタビュー中に撮ったと思われるものを使っている始末です。もう何もかもお話しになりません。本当に全ての文面に怒りを感じています。

 少し時間が経って最近思うのは、世の中色んな報道であふれまくっているわけですが、どんなに良い記事でも悪い記事でも、ホンマかいな? 果して本当のことか? キチンと伝えられてんのか? ニュース大好き人間の僕としては、ちょっと大袈裟かも知れませんが、過去のいろんな報道の中で感じてきた喜び、怒り、悲しみなどなど…。すべてがむなしく思えてきてしまう程、ショックな出来事でありました。

 人と人との関わりがどれほど大切なことかということも踏まえ、普段、誰でもが目にし耳にする物事の本質を見極められる冷静な心を持ちたいものです。

(了)

2007-11-20 17:19:07投稿者 : 大野真澄
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第12回“GAROがジョイントした人達のこと”

2002.9

 僕らがGAROを結成した当時、最初のジョイントというか一緒にステージに立たせてもらったアーティストといえば、トワ・エ・モアでした。まぁ扱いとしては彼らのバックコーラス+自分達のコーナーで15分くらいの演奏をやらせてもらいました。その後1971年の春頃からは、いわゆるロックコンサートでのジョイントで、日比谷の野音には数多く出演しました。いわゆるエレクトリックを使ったハードロック主体のコンサートでしたから、僕らも前半はアコースティック、後半はベースに小原礼、ドラムスに高橋ユキヒロを加えて、いつも大体40分くらいの時間をもらって演奏してましたね。1971年の10月に僕らはデビューしたんですが、丁度時間を同じくして“赤い鳥”と同じ事務所に所属することになりまして、その頃からですね、いわゆるフォークと呼ばれている人達とのジョイントが多くなったのは。

 しかし当時の僕等はフォーク系の人達には、すごく違和感を覚えていましたね。っていうのは、中学から高校にかけての頃に流行っていた、カレッジフォークの延長線にあるような音楽っていう印象が強くて、僕らにとってはひと時代前、ちょっと古いスタイルの音楽って感じがしていたんです。ロックの未来(?)を目ざしていた、僕らとしてはエレクトリックとアコースティックの新しい融合とはどんなものか?(所詮は、C.S.N&Yのモノマネ的バンドではありましたけどね。)ってな、テーマを持ちつつやってた訳であります。なのに、アコースティックギターで演奏しているという形態のみで、いつのまにかフォーク系というレッテルを貼られてしまって、当時3人とも、なにか違う流れの中に入れられてしまったんじゃないのか? っていう思いが強かったですね。

 しかしそんな中でも、最も強烈に印象に残っているジョイントコンサートがあります。何回やったかは覚えていませんが、このバンドだけは他と全然違うって思ったんです。“RCサクセション”です。ハッキリ言って変なバンドだなぁ~って思っていたんですが、あのオリジナリティーには脱帽していました。どうせ一緒にやるんなら、それぞれのオリジナル曲を交換して演奏しようよって話しになって、RCサクセションは“地球はメリーゴーランド”僕らは“僕の好きな先生”をそれぞれ演奏しました。忌野清志郎の“地球はメリーゴーランド”は圧巻でしたね。完全にオリジナルになってましたよね。やっぱり清志郎はスゴイって思いましたね。僕らも彼らの曲を、少しテンポを落として三声のハモにして、演奏しました。これもすごく気持ちのよい仕上がりになりましたね。何だか懐かしいですね、とても楽しかったのを覚えています。誰かこの時の音源を持っている人がいたら、是非手に入れたいもんですねー。余談ですが、一時期僕は三浦友和さんのレコーディング・ディレクターをやっていたんですが、彼から“昔、大野さんに会ったことがあるんですよ”って言われて、覚えていなかったんで、何処でって聞いたら、“RCサクセションとやったジョイントコンサートでの楽屋で”って言うんです。何故そこにいたの? って尋ねたら“清志郎と同級生で、彼らに誘われて見に行ってたんですヨ”とのこと。後日、清志郎がTVの何かの番組で、“僕は三浦友和と同級生なんですヨ”って、照れながら言ってたのを思い出しました。

 それにしても、数多くのアーティストとジョイントしましたが、ここであげるとすると(イベントでのコンサートは除いて)最も多くやったのが、かまやつひろしさんとアリスで、あとは井上陽水、五輪真弓、バズ、チューリップ、ソロになってからは、吉田拓郎、風、アルフィーなどなどありますが、やっぱり一番強烈な印象が残っているのは、RCサクセションですね。

(了)

2007-11-20 17:18:24投稿者 : 大野真澄
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第11回“よくあること”

2002.8

 先日、行きつけの飲み屋で深夜まで友人と飲んでそろそろ帰ろうかと、席を立とうとしたところ、閉店間際にもかかわらず、なじみらしい客が入ってきた。僕等が帰ってしまうと、その客一人になってしまうので、少々店に気を遣ってもう一杯、飲んでいこう、ということになりました。しかしこういうのが間違いのもとになってしまうということに…。

 僕の隣に座ったその人物(かなり酒が入っていて、年の頃は60歳くらいか?)は、いきなり、

「君、やっぱりサッカーは面白いよなぁ!」ワールドカップの真只中だし、アーアー、仕方ないなぁー、などと思いつつ、

「そですねぇー、日本も頑張ってますよねぇー。」と、気のない返事を返したら、

「何、なんだよ、その言い草は?」

「えっ、なにがですか?」

「日本中がこんなに盛り上がってるのに、そんな言い方はないだろう?」

「そうですか? サッカー、あんまり見ないんで良く分らないですけど、ちょっと騒ぎ過ぎだと思いますよ。どうせ大会が終わったら、ほとんどの人は見なくなっちゃうんじゃないですかねぇー。まぁ、学校のクラス対抗が国別になって盛り上がってるようなもんじゃないんですか?」

「いゃ、サッカーが面白いから盛り上がってるんだよ!!」

「まぁー、そういう人もいるかと思いますが、それだけだったら急に、こんなに盛り上がらないですよ。たまたま、今回はサッカーというだけで、昔オリンピックの時にバレーボールで盛り上がったのと同じじゃないですか? さっきも言いましたけど、町内対抗とかクラス対抗とかってのが、国対抗になったんで、こんなになってるだけで、他に共通する何かがあれば、別にサッカーじゃなくてもいいんですよ、きっと!」

「何、言ってるんだ! サッカーも分らないくせに!!」

「だから、さっき言ったじゃないですか、見ないし、よく分らないって!!」

「見りゃー、いいじゃねぇーかぁーっ!!」

「だって、そんなに興味ないんですもん。」

「こんなに面白いのに、なんでなんだぁーっ!!」

「だからワールドカップはそれなりには見てますし、感動だってしてますヨ。そんな程度なんですよ、僕は別に悪いことだと言っている訳じゃないし!」

「サッカーのルールも知らないから、本当の面白さも分らん! だからそんな事が言えるんだ!! あんた、どうしょうもねぇーなっ!!」この人増々、酔いが回ってきたみたいなんで、

「そうなんですヨ。どうしようも無いですヨ。だから人に押し付けないで下さいヨ。サッカー好きだったら、今頃そうだ! そうだ! って盛り上がってますヨッ!」と、言ったところで状況を聞いていた友人が、

「そろそろ帰ろうか? 盛り上がりたい気持ちは分らんでもないけど、ちょっとしつこいよなぁー。」などと話しながら隣を見たら、その人がいないんだよね。僕らはカウンター席に座ってたんだけど、彼はボックス席の方に移って、うなだれちゃってんだよね。困ったもんだなと思いつつ、そろそろ帰ろうって事になって、その人にも、

「じゃー、帰りますんで、色々すみませんでした(別に謝る必要もないと思ったが)」と挨拶したんだけど、完全に無視されちゃいました。

 多勢に無勢って状況でも無かったんですが、それにしても大人げない人だなぁーなどと思いつつ帰路についたんですが…。

 帰りのタクシーで、まぁーこんな時期で、酒も入ってんだから、少しは話しを合わせてあげれば良かったか? どっちが大人気ないんだ? などと思いつつも、一方では日本が勝ち進んでゆく度、大きくなる騒ぎに、? を感じていた訳で…。

 ある日TVのワイドショーで、W杯の話題についてコメンテーターが「僕はあまり興味がないんで…。」とコメントしたら「そういうのは非国民!!」って感じの事を言った某キャスターがいたんだけど、その言葉に、先のコメンテーター氏が恐縮しちゃってる訳。こういう状況が怖いなって思いましたね。廻りの勢いに押され、ちゃんと“モノ”が言えない状態。こんなところでも力関係が歴然!

 こんなことが国のレベルで別の問題が起こった時はどうなる? これが“ニッポン! チャラン! ポランッ!!”シンドローム。案の定、ワールドカップも終わってみれば、やっぱり“祭りのあとのさびしさは~…♪”ということで、少々せつない感じもするけど、まぁー、“僕達”は結局こんなもんなんだなぁー、ってなことですな。

 これが? 平凡なことってこと?

(了)

2007-11-20 17:17:11投稿者 : 大野真澄
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第10回“結論・踊ることは気持ちいいこと”

2002.7

 最初に結論づけてしまえば、前回にも書いたと思うが、それはすごく原始的で、心も体も自由に自然な状態になり、全てを解放しちゃうと、響いているリズムに気持ちは自然に同化して、体が動いてしまうことなんじゃなかろうか。

 そういえば、僕も一度だけそんな経験をしたことがある。今迄、色んなコンサートに行っているけど、印象に残っているのはやっぱりビートルズだね。しかしビートルズのコンサートってのは“観るということを感じに行った”ってところかなぁー。今となれば、観に行った事だけに価値がある。という事だね。演奏なんて歓声がうるさすぎて、全く聴こえなかったし、ステージも遠すぎて、あー本物のビートルズらしき人達がいるっていう程度のものだったしね。歓声がすごかったといえば、ベイ・シティー・ローラーズも凄かったね。ただ彼らの場合は、ビートルズの時代より、PAが発達していたんで、うるさい上に今じゃ考えられない程、これでもかっていうくらい、ヘタな演奏を聴かされてっしまったなぁ…。だって途中で演奏が止まっちゃったりしたもんねぇー。ったく、信じられないよ。

 話しはそれっちゃったけど、僕自身、自然に体が動いて手拍子を打っていたのが、今は亡き、ボブ・マーレーのコンサートの時、一度だけだね。それは確か1980年頃だったと思うけど、年明けからボブ・ディラン、アース・ウィンド・アンド・ファイアーなどが来日して、両アーティスト共素晴らしいパフォーマンスを見せてくれて、その時はこれまで観たアーティストの中では、ディランとアースが最高! って思ってしまうほど感動したライブだったんだよね。そんな中、ボブ・マーレーに関しては勿論知ってはいたし聞いてもいたけど、レコードを買う程ではなかったんだよね。だからコンサートのチケットも買ってなかったし。そんな折、知り合いから厚生年金ホールの最前列どまん中の席がキャンセルになっちゃったんで、買ってくれないか? って連絡があって、まー観とくかってな程度だったわけ…。ところが、始まって2曲目の後半あたりから、全く気付かなかったんだけど…。立って、リズムに合わせて手拍子している自分がいるわけなのよ。何故、自分がそうしたかは分からないけど、ただただそうせずにはいられなかったし、えらく解放された気分というか、とにかく乗らずにはいられないって感覚が残っているんですよ。しかし、それでも一瞬ふと我に返って横とか後の席を確認したら、全員がスタンディング状態だったんで、なにやらホットした気分になったことを思い出したなぁ~。

 頭ではなくて、心と身体にダイレクトに入ってくる音楽、リズムっていうのは、そんなもんで、理由づけなどは必要ないって事だよね。だから、何で踊るのか? なんて考えても“仕様が無いコト”。気持ちいいから体が動く。気持ちがいいから心が乗れる。気持ちいいから楽しく踊る。やっぱ“気持ちいいコト”皆、好きだからね。

 東京に戻って、近所の大手スーパーの前でイベントをやっていた。ラップのチームがお揃いのユニフォームで、すごいパフォーマンスを見せてくれていた。確かにカッコイイんだけど、見ている人達の体が動いてなかったのは“どうしたコト”なんだろう?

(了)

7月20日(土)、バレンタイン・カフェにてライブをやります。開場18:00 開演18:30 詳細は0564-28-8755(バレンタイン・カフェ)まで。

※ 記載のライブ告知は2002年のもので、既に終了しています。

2007-11-20 17:11:43投稿者 : 大野真澄
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