大野真澄 連載

44件中   26 - 30 件表示 ( 全 9ページ )
  1  2  3  4  5  6  7  8  9   

第19回“1973年3月のコトを書いているうちにのコト(その1)”

2003.4

 1973年の3月。12指腸潰瘍で入院中の僕は病室で、様々なテレビ番組に出演する二人組のGAROが歌う「学生街の喫茶店」を複雑な思いで観ていた。1970年11月に結成されたGAROは、時間を重ねる度に、確実に肥大化し、そしてその頂点に達したのが、この頃だった。

 結成して約1年後の1971年10月に「たんぽぽ」という曲でデビューを果し、同時期に、ファーストアルバム「GARO」を発表。翌72年2月には2枚目のシングル「地球はメリーゴーランド」が、パイロット万年筆のテレビCMに使用され、その上に画面にも登場(といってもこのCMの主役は所属するレコード会社の社長であり、作曲家でもあった村井邦彦氏であった。僕ら3人はその背後で、村井氏と共に「アイ・ディグ・パイロット」と一言、言うだけ)という快挙? も成し遂げ、前途は洋々かと思われたが、思った程のレコード売上げには結びつかなかった。しかし、アルバムの売上げは当時としては好調な方だったようだ。ステージの数も日増しにふえていた時期でもあった。

 1972年の2月から3月にかけて、当時日本でも絶大な人気を誇っていたアメリカのバンド「クリーデンス・クリア・ウォーター・リバイバル」(C.C.R.と呼ばれていた)のオープニング・アクト(早い話しが前座)をやったのもこの頃で、特に日本武道館での公演では、前座という分際にもかかわらず、最大級の声援と賛辞をもらったりしたものだから、グループの士気もおおいに盛り上がっていたというのも当然か…。

 そして時期を同じくして、すでに2枚目のアルバムと3枚目のシングルの制作話が進んでいた。今思えばずいぶんと早いテンポで事は展開していた感もあるが、当時は、そんなことを考えてる余裕すらも無かった。

 しかして、問題は起こった。近々、TBSテレビで東京音楽祭という番組が放送されるが、その番組に出品するための作品を、村井氏が書くからという、一方的な通告があった。そして、それを3枚目のシングルにするという。当然のことながら、メンバー全員猛反撥である。レコーディング契約の際、作品は全てメンバーのオリジナルでという、口約束ではあったが、取り決めをしていたから、納得出来る話しではなかった。その上にその番組用の1曲だけであると思っていたら、アルバムも平行して制作し、それらの楽曲は全てプロの作家の作品だけでいくと云う。話し合いをするというより押し付けのためのミーティングという感じで、話し合いもまとまるはずが無かった。

 (以下 次号へ)

P.S.  毎回、続くと表記してもほとんどは続くことがありませんでしたが、今回は紙面の都合でここで終りです。実は、本当につづきます。次回はますます盛り上がるかも(?) お楽しみに!!

(了)

2007-11-20 17:22:41投稿者 : 大野真澄
この記事のURL コメント(0) nice!

第18回“NHK好きなコト”

2003.3

 年が明けて、はや1ヶ月。あさってはもう立春。

 今朝のNHKテレビのニュースで、名古屋は、ここのところ連日、0度以下の日が続いているとのこと。トップニュースは、どこの局もスペースシャトルの空中分解事故。実は、すでに前々日になってしまうけど、深夜0時のNHKニュースでこの事故を知った。

 めざとい人は、すぐにCNNへとチャンネルを切り替えるところだろうが、残念ながら、我が家ではBS、CS関係が受信出来ない環境であります。もし、見られる状況になったら、それはそれで、困ったことになるのは目に見えています。もう、一日中ニュースばかり見ていて、他の事が手に付かなくなってしまう事は明白であります。それでなくても普段からニュースのはしご状態で、とにかくどこの局のニュースも、“確認”したい訳であります。刻一刻と変化してゆく世の中の情勢を確認したいのです。

 その昔“事実は小説より奇なり。世の中には不思議な経験や体験をお持ちの方が、沢山いらっしゃいます。”と、かの故・高橋圭三アナウンサーが、NHKの「私の秘密」という、クイズ番組の冒頭で、毎回決り文句として喋っていたことであります。もう40何年も前の番組ですが、人並みはずれた、能力とか技術を持っていたり、普通では、あり得ないし起こり得ない様な体験とか経験などをした人達の秘密を暴くというか、当てるというもので、子供の頃、毎週楽しみにしていた番組のひとつであったのです。まぁ、ある種のバラエティー番組のたぐいといったところか。

 そういった意味で、作り事とか創り話しではない、感動的な出来事だったり、現実ではちょっと考えられない事件とか事故とかミスとか政治の問題とか、それらについての報道の仕方とか、カラクリだとかの真相というか深層とかを、自分なりに把握して、何がどういうコトなのか考えを巡らせ思いを巡らせ紐といてゆくと、謎だらけ、不可解なことだらけ、解らないことばかりがドンドン増えてゆく…。世の中、理不尽のオンパレード、それでも知りたいことだらけ…。そんなわけですから、ここ最近見るのは、結局、ドキュメンタリー、ノンフィクション、記録ものとか歴史ものに、ということになってしまう。

 それと、もうひとつ気になっていることがあります。最近のバラエティー番組を見てて思ったコトですが、ある一部のタレントが、一般の人とか客とかから、ある時は他の出演者に向かって“オマエ”呼ばわりするシーンを、よく見かけるんだけど、実は、アレが僕には許せないんですヨ。ホントに見てて気分が悪くなる!!“テメェー、何様のつもりだっ!”って、僕も見ながら悪態ついてんですけどね。ある歌番組じゃ2人組のタレントに頭ハタかれて喜んでいる歌手がいるもんだから、もう何をか言わんや!? 世の中どうなっちまってるの? と、もう“ヤ”んなっちゃう訳なのよ!! 別に昔の方が良かったと、懐かしんでいるんではないし、全部のバラエティー番組が悪いという訳じゃないんだけどね。まぁ、僕も凡人ですから、世の中、こんなもんじゃなかろーかなどと思いつつも、もうちょっとはマシになるんじゃないのかな? などと期待しつつ、時の流れの中で潰されないようにと、ニュースへニュースへとなびいてしまったりで…。思えば、最近はNHKを観ることが、やたら多いですね。

 そういえばオヤジもNHKが好きだったなぁー。

(了)

2007-11-20 17:22:01投稿者 : 大野真澄
この記事のURL コメント(0) nice!

第17回“寒さゆえのこと?のこと”

2003.2

 この冬は、ずいぶん早い時期に雪が降ったもんです。12月の初旬に雪が降ったことの記憶をたどると、確か高校2年生の頃だから、かれこれ30数年前か。12月の7日か8日に大雪が降って、通学中の電車が大幅に遅れて、学校に大遅刻してしまった事が甦ってきた。

 そして、2003年も年明けから、寒い日が続いている。子供の頃は、これくらいの寒さが普通で、寒いという事も、何の抵抗もなく受け入れていたし、当たり前といえば当たり前で、冬は寒いもんだった訳なんだけど、それがどうした事だろう? 一体いつ頃から冬の寒さをホントに寒いなァーっていう、受けとめ方をしなくなったのは…。

 生活習慣のせいなのか? 温暖化のせいなのか? こんなに寒く感じるのは、気温が低いからに決っているが、11月の末あたりに、まず手袋が欲しいなって感じたし、12月になると耳あて(何ていうんだっけ? 耳パット?)までも欲しいと思ったし、モモヒキ(最近はタイツ? )をはきたくなっているもんねぇー。これも何年か前にスキーに行った時以来はいてないし、思えば小学校の頃から数えて40数年も必要だと感じたことは無かったね。しかし、これ程までも寒さを感じるのは、やはり年令が関係しているのか?

 だけど、冬はやはり寒い方が良い!! 寒ければ寒いほど良い。どういう訳か、寒ければ寒いほど、幼い頃を想い出してしまう。澄み切った、まっ青な空に凍てつく北風。しもやけ、あかぎれ、堀りコタツ。赤鼻に、ち切れそうな耳と田んぼの氷。校庭に降る横なぐりの雪。霜柱をザクザク踏みつける凍りそうなツマ先。そして思い切り冷たい空気を吸い込んで、冬を満喫!!

 ひと昔前まで、やっていたハナマルキ味噌のCMに映し出された田園風景を見るたびに、胸がキューッとしめつけられて、切なさとそして不思議なくらい、シーンとした冬を感じたのは僕だけだろうか?

 東京に移り住んでから、すでに34年。故郷岡崎での生活はたった18年。それなのにことあるごとに、僕の心は岡崎に帰ってしまう。

(了)

2007-11-20 17:21:23投稿者 : 大野真澄
この記事のURL コメント(0) nice!

第16回“妙なことに感心したイベントのコト”

2003.1

 何年か前まで新宿・歌舞伎町のド真中にあった噴水も、今はもう無い。しかしその正面に建つ、新宿コマ劇場は歌舞伎町の顔というかシンボル的存在といえるだろう。近々50周年を迎えるという。実は30年近く前に、この劇場のステージに立ったことがある。しかし、どういう訳か、その時にも、すでに随分と古い劇場だなって感じたことも覚えている。

 2002年11月の末、3日間のイベントで本当に久し振りに、この劇場へ。楽屋口から入って左に曲がると、すぐに各楽屋へ出演者を運ぶためだけの、エレベーターがある。大小、数えきれない程の楽屋が迷路の両側に連なっている。余談だが、初めてこの劇場に来た今回の出演者のBORO氏は、自分の楽屋を探すのに30分もかかったと言っていた(僕の隣りの部屋だったんだけどね)。

 リハーサルの時に、実は初めて客席に入った。どことなしに舞台に対してかなり横にあたる位置に座ってみた。座ったとたんに、ヘェー! 見易いなぁーって感じて、前にうしろにと色んなところへ移動して座ってみた。この劇場の舞台は客席のどこからも見易く、椅子の座りごこちもとても良い。舞台が客席に対して半円形になっていて、客席もそれに沿って、半円形に並べられているからなんだろう。お客さんにとってはとても良い劇場と言えるんだけど…。

 しかし古い劇場っていうことで、舞台の裏とか脇とかはかなり狭くて、テレビの中継などで見たことのある、大がかりな舞台装置などは、この狭さのなかで、一体どうやって転換しているのだろうか? と、不思議な気分になってしまった。今まで色んなホールでコンサートをやって来たけど、こういう形のホールには、あまり出会った事がないなと。特に地方には最近新しいホールが沢山出来ているのに、こういう歴史のあるホールを参考に(まっ、してないはずは無いと思うが。)出来ないもんなんだろうか? などと、ふと思った次第!! しかし、なんで、こんな事が頭をよぎったのか、良くわからんのですが…。

 さて今回のイベント。NEW新宿音楽祭・FOREVER'70sと題されたこの催しは、70年代に活躍したアーティスト達をジャンルにこだわることなく、取り混ぜ、当時の名曲の歴史をひもときつつ、構成されたイベントでした。ちなみに、この模様はドキュメンタリーという形で、年末12月31日大晦日に、フジテレビ系列で(午前10:00~11:45)放送されます。

 過去には、ジャンルを問わずという形態でのイベントはなかなか難しいと思われて来たんですが、ある意味では画期的な出来事だったのかもしれません。次回というか今後は、ジャンルだけではなく年代も越えて、色々なアーティストが参加して、より大きなイベントに発展させることが出来ればなどと、思ってしまった3日間のイベントでした。

(了)

P.S. ちなみに今回の出演者です。

西條秀樹、錦野旦、あべ静江、桑名正博、尾崎亜美、ビリーバンバン、杉田二郎、南佳孝、太田裕美、鈴木康博、沢田聖子、ブレッド&バター、鈴木ヒロミツ、つのだ☆ひろ、内藤やす子、BORO、丸山圭子、森田貢、そして大野真澄、でした。

※ 記載のテレビ放送告知は2002年のもので、既に終了しています。

2007-11-20 17:20:50投稿者 : 大野真澄
この記事のURL コメント(0) nice!

第15回“携帯電話のこと”

2002.12

 昨年10月に、この連載が始まって、ふと気が付けば1年が過ぎていました。実は今回が、1年の節目かと思いきや、何と15回目だという事に、書き始めてやっと、気が付いた次第です。本当に時間の経つのは早いものです。

 早いといえば、僕が携帯電話を持ちはじめて、この10月で丸っと10年になりました。携帯を持つ少し前、持っている人を見ると、あーいいな、うらやましいなぁー!! などと思う半面、ちょっと待てよ、歩きながら得意げに大声で喋っている姿を見ると、自分はあぁいう風にはなりたくないもんだと…。黒とかベージュのレンガのような大きさのモノを耳につけてるってのは、いかにもこっけいに見えたもんです。しかし、その後は急激にサイズが小さくなり、歩きながら話す人もどんどん多くなり、以前のような不自然さは感じなくなった(只、見慣れただけかも?)ものの、街中の風景にはそぐわないし、公衆電話があるんだし、別に必要ないんじゃないのか? などと思っていたわけです…。

 がっ! ある日、当時の事務所の女の子から、「ボーカルさん(と、さん付けで呼ばれる事が多い)携帯電話を申し込みました。今週中に届きますので、受取りに来て下さい。」との電話が入った。おっ、ついに来たかっ! 自分の番が!! ってなもんで、「ケータイ」(自分でもつことになると、何故かこういう表記になる)に対しての、それまでの色々な諸々の中傷やら批判やらは、一気にどこかへ消え失せ、只々「ケータイ」が届く日を心待ちにしている自分に対して、何の疑問も持たなかったってのは、全くもって勝手なものである。

 しかしついにその日はやって来たのであります。僕が持った最初の機種は、パナソニック製で(P―104?)、当時としては、一番サイズの小さなものでありましたー、それでも今のと比べたらかなりデカくて重かったー。まずは電源をいれようと、電源と書いてある赤い電話マークをピッと押したのに入らないっ!!ど、どうした事だっ!! 新品なのにすでに不良品ではないかっ! あーっ、なんという事だっ。せっかく手に入れたというのに。どうなってんだぁーっ!! と。しかしここでふと説明書があることに気付いてはみたが、電源が入らないのに、こんなモノは読んでも仕様がないなどと思いつつも、まぁー、一応は読んでおくかと、気を取り直し、まずは取り扱いの最初を読んだ瞬間に、問題は解決してしまった。

 なぁーるほど、読んでみるもんだと、納得しきりであったが、しかしこの程度の機械に取説など見なくても扱えるはずだ! 大体、今までだってこの手の電化製品(AV機器等)は、マニュアルなど読まなくてもやってこれたんだっ!! という自信で(自信だなどと、自慢する程のコトではないが)、あったはずが、過信であった事に気づき、たった一人の事務所で、気まずい雰囲気になり、赤面する男がいた…。がっ、この事は誰にも見られてはいなかったのだ。いゃーっ、良かった、良かった。そして直後に打ち合わせの予定が入っていたその男は、事務所近くの表参道の交差点あたりを歩きながら誇らしげに、電話する姿を万人に見られていることに、気づいてはいなかった。

なお、この項はすぐには続か無いかもしれないが、そのうち、続く!!

(了)

2007-11-20 17:20:18投稿者 : 大野真澄
この記事のURL コメント(0) nice!
44件中   26 - 30 件表示 ( 全 9ページ )
  1  2  3  4  5  6  7  8  9