大野真澄 連載

第40回 “槍ケ岳登山のコト”その4

2005.1

 夏の出来事を書いているうちに、とうとう12月になってしまいました。過去3回の文章を読み返してみるとずい分ディティールにこだわって書いていることに気付いた。まぁ、その過程であった事をつらつらと書き始めた訳であるが、これをやっているといつまで経っても、槍ケ岳登山が続くことになってしまいそうなんで、少々方向転換を図って書き進めていこうと思います。

 さて、登山2日目は、次の宿泊地双六小屋をめざしたのだが、山というのは登るということだけでも大変な労力を強いられるのだが、それ以外にもたくさんの難敵が潜んでいる訳で、そのひとつの敵である天候の異変にも遭遇することになった。雲ひとつない晴天の青空から一転、突然の雨。まあ、雨だけならまだしも、雷を伴う雷雨である。この登山の直前にも槍ケ岳の隣の大天井岳で、落雷による犠牲者が出ていた事を知っていた僕は、忍びよる不気味な恐怖心と戦っていた。ザックカヴァーを用意していなかった20kgのザックの中へ雨が染み込んでその重量は多分倍近くになっていたに違いない。なんとか無事に宿泊地の双六小屋には着いたが、ザックの中身はすべて雨にやられていた。

 そして、僕にはもうひとつ体にやっかいな異変が起こっていた。頭痛である。聞けば、どうやら高山病にかかったのでは?とのこと。そして、この頭痛は下山するまで僕を悩ませ続けることになった。

 さらに今日の小屋の寝床は、ほとんど押入れのような場所で、4畳程の上下段に何と13~4人が寝るという、すさまじい限りの寝床であったが、それでも超疲労状態の僕は頭痛とともに、いつか眠りに陥ち、気が付けば次の朝を迎えていた。晴天だ。それにしても、この例えようのない爽やかには“え”も言えぬ程の感動を覚えた。

 そしていよいよ今日3日間は目ざす槍ケ岳への3180mの穂先への挑戦の日である。晴天に恵まれ峰づたいに歩き続ける、僕の足は一歩間違えば谷底へまっさかさまという登山前には全く聞いていなかった、とてつもなく危険な場所でありました。どちらにしても、いくら頭痛でもいくら疲れていてもどんなに足が重くても、僕には前に進むという選択肢しか無いわけであります。この状況から脱するには他には方法は無いのです。

 当然のことながら同行の二人は、僕のはるか前方を行っていたし、しばらくするとその姿は僕の視界から消えること数限りなく、その都度、彼らは僕を待つために休息を取っていたのだが、僕の休息時間が短くなるのも、又、当然であった。そして、いよいよ頂上に近づくととうとう彼等二人は僕を待つことなく姿も見えなくなってしまった。まぁ、僕には一緒に登っていける体力が無かったし、それゆえに先に行ってもらった訳でもあるが…。

 しかし、何とか槍ケ岳山荘には辿り着いた。そして、いよいよ山荘の横にそびえる山頂へということになったのだが僕には、もう切り立つ岩壁にアタックする体力などは残っていなかった。どんなに尻を叩かれても体力はゼロというかマイナス状態であった。にもかかわらず二人の友人は、ここまで来たんだからと無理矢理僕を山頂へと引きづり上げようとする。這うようにしてやっとの思いで3180mの山頂に立ったのだが、ふ抜けた僕の頭と体は周囲360°に広がる素晴らしい風景もほとんど記憶されることなく、只々頭痛と疲労から何とか逃れたいという一心だけであった。

 そしてその夜は前日に引き続き物凄い頭痛と疲労で食事は全く喉を通らず、次の日にはとうとう、全く動けなくなってしまった。

 早朝5時、山荘の医者の診断では高山病になっているとのこと。しかし出発は午前8時。このままでは出発は出来ないが、動くことも出来ない。取りあえず2~3時間眠ったら、ということになった。医者に診断してもらって安心したのか、僕はかなり深い眠りにつけたようだ。そして不思議なことに目覚めた時には、かなり状態は良くなり体力も戻った感じで、軽く食事も出来た。

 約2時間遅れて、今日の宿泊地横尾山荘へと下山の道を歩き出すことが出来た。

 しかして、この後、山を下る事の苦しさをも味わうことになるのであるが、それは又機会があった時にでもということで槍ケ岳登山の頁は今回で終了であります。

2007-11-20 17:40:44投稿者 : 大野真澄
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